PRESIDENT BLOG

フクール
社長ブログ

ITで地域と企業を元気にする会社、株式会社フクールの福崎です。 役にたつ情報・・・・も少しはあるかもしれませんが(笑)、だいたいが他愛もない事だと思います! もし、良かったら読んでください。

株式会社フクールの社長ブログです
フクール社長のひとり言

白山

大嘘をぶっ放した方針発表会から1年。
1日を積み重ねたこと350日以上。
この1日1日全てに何かしらの物語があり、1日として同じ日はない。しかも、過ぎ去った日に戻ることは出来ないから焼き直すことも出来ない。全てが特別な日だ。

もうすぐ今期が終わる。この一年で胸を張って成長したと言えるか?
私は言える。漠然と過ごした1日は無いと思う。薄皮かもしれないけど、確実に積み重ねた自負がある。時間は有限、時間は命。この事を心に留めた一年だったような気がする。

社長の武者修行(※3)からスタートした今週が、今日のK社白山登山で終了する。7日のうち3日間は山で過ごしたことになる。その3日間全てが大切な時間だった。尊い時間。この時間を過ごせているのも皆んなのお陰。本当に感謝だし、感謝は行動だ。返していく。

 

AIの最大の弱点は何か?私は『身体がないこと』だと思う。身体が無いから体験できない。体験を情報として収集出来ても実際の体験が出来ない。なので体験から学びを得ることが出来ない。

AIの進化を図るテストとしてコーヒー実験というものがある。

私たちは、初めて行く友人の家で『コーヒーを淹れて』って頼まれた時、なんとなくキッチンに行けて、ケトルやヤカンを見つけてお湯を沸かして、コーヒーの粉やドリップコーヒーでコーヒーを作ることが出来る。知らない場所でも今までの経験から、状況を判断し、推測し、行動することが出来る。AIは出来ないらしい。AIがこれを出来るようになるには全ての家の間取りやケトルの位置、コンセントの場所、コーヒーやカップが置かれている場所をデータ化しなければならない。模様替えなんかしたらデータを更新しなきゃいけない。そして、そんなことは現実的ではない。コーヒーテストは、そういったデータがなくても、推測して考えて行動できるAIを完成させられたら、それはもうAGI(汎用人工知能)だとするもの。コーヒーを淹れられるようになったら人間を超える。

残念ながら(?)、AIはまだその域には行ってない。行ってないけどコーヒーを淹れられない人間も増えてくるのではないだろうか…幼い時から身体を使って様々な経験をすることはものすごく大切だ。ゲームとかスマホばっかり触っていて、大切なことを学べるわけがない。

 

先日、高岡のとある高校で講演する機会があり『夏休み何をするの?』と聞いたら『勉強します』って答えた生徒がいた。『勉強なんかしていたらバカになるよ』って冗談ぽく言ったけど、本当にそう思う。身体を持っていることがAIと人間の圧倒的な違いなのにそれを使わないと…と、ずっと思っていたけど…山中伸弥さんとタモリさんの番組観て、ビックリした。四足のAIのロボットの実験。衝撃だった。

「起き上った状態」を+1ポイント、「転んだ状態」をー1ポイントとプログラムし、ポイントを高くすることを目標として設定された4本足のロボットを床に仰向けで置いておく。寝転がったロボットはポイントを高くしようとジタバタジタバタ動いている。動きながら床との摩擦や、足の距離感などの要素を学習している。そして、30分が経った時、何度もトライしながらとうとう四足で立ち上がる。立ち上がってしまったらもう早い!その状態でまた学習を繰り返し、あっという間にうまく歩けるようになってしまった。何も知らない生まれたばかりの赤ちゃんがやがて立ち上がって、歩くというプロセスを見ているようで恐ろしさを感じた。もちろん、赤ちゃんが立ち上がって歩く動機は「あっちへ行きたい」というものだから全く違うけど、この実験を見ていたら体験の中から動機すら作っていってしまうのではないかと思ってしまった。AIが身体を通して学習するようになってしまう未来が近くなっているかもしれない。

また逆に脳細胞とコンピュータが繋がる実験も衝撃だった。私たちの身体は小さな細胞の集合体。もちろん脳も。番組ではその脳細胞を一つ取り出して、特殊な装置を使ってコンピュータと繋げる実験をしていた。そして、その脳細胞からの指示で簡単なテレビゲームを行っていた。これを応用していくと人間は、身体という「限りあるもの」を捨てて「脳」だけがコンピュータと繋がって永遠に生き続けることができるかもしれない。そんなふうに感じさせられた。この生き続ける脳が先の身体で学習するロボットの中に入ったら、もはやターミネーターやロボコップのような世界が実現してしまう。二つの実験はその未来がそう遠くないものとして、感じさせられた。AIに勝つものが『身体性』と『その身体性を通して体験から学ぶこと』だと私は思っていたけど・・・

 

今日、K社白山登山!一泊二日の山行を無事に完遂した。

昨年、弊社Y君と私が一緒に登った立山克己塾(※2)というものがある。それは、武者修行(※1)を経験出来なかった世代や中途の若手社員向けの登山を通した学びの機会。その立山克己塾に、K社金沢支店のC君という若者とD氏という上司が一緒に参画していた。彼ら2人にとってその一泊二日の立山克己塾の時間が本当に良かったらしく、『来年は金沢支店の皆んなで白山に登りましょう!』と言っていた。その”来年”が昨日、今日だった。そして、私もその時の約束者の1人としてお呼ばれして頂いた(ちなみに、1人欠員が出たので弊社Nさんも行きました)。

そうやって始まった白山登山。天気予報も二日とも良好。準備も念入りにされていて、順調に登山がスタートする。だいたい、こういった集団で山に登る時はいつも、私が先頭でリードすることが多いんだけど、今回は金沢支店の主体性に任せて、白山に二十年前に登った経験のあるD氏という方が務める。一年越しのこの企画を心待ちにしていた1人。足取りも軽い。

順調にスタートをしたけど、最初っから急登。山に慣れている私でさえ「意外とこんなにも急登なんだ」と思いながら登っていた。ただ、平均年齢の高い金沢支店のみなさんにとってはかなりキツかったと思うけど、声を掛け合って、楽しみながら頑張って登っていた。

そんなスタートから1時間か1時間半か経過した時、先頭のD氏が足を攣ってしまった。スピードは早くはなかったけど、体調もあったのかかなりきつそうな攣り方だった。攣った時は水分やミネラルを摂取して、休むしかないし、休むと回復する場合が多い。すこしその場で休んで落ち着いた時に再度、登り始める。先頭は私に交代して、本当にゆっくりゆっくり登り直していく。D氏、かなりしんどかったと思うけど、弱音を吐かずに頑張って付いてきてくれていた。けど、やっぱり一度攣った足が厳しい状態。山道の一歩一歩がその足を痛めつける。

そして、お昼前、あと30分くらいでトイレや水場がある休憩ポイントに着く、というところで歩けなくなった。休むしかない。みんなにはその休憩ポイントまで行ってもらって、私とD氏、K社社長の3人だけが残る。登り始める全員がD氏に声をかける。「頑張って!」「上で待っているよ!」その一言ひとことにD氏は辛いながらも笑顔で答える。そして、そのみんなを見送った瞬間、おもむろにタオルを口に当てて下を向かれた。そして、声を押し殺しながら、堰を切ったように泣き出された。

それは涙が溢れたというものではなく、号泣。悔しくて悔しくて悔しくてしょうがなかったんだと思う。企画をしてくれたみんなに申し訳ないと思ったんだと思う。情けない自分に腹が立ったんだと思う。みんなの優しさが嬉しくて嬉しくてたまらなかったんだと思う。いろんな感情がその涙になったんだと思う。ただのレクリエーションなら涙なんて溢れない。この企画を、この仲間を本当に大切に思う心があるからだと思う。隣でその涙を見ながら、D氏のことを本当にカッコいいなと思った。その男泣きは美しかった。そして尊かった。この感情は体験しないと絶対に産まれない。D氏はこの体験から多くのものを得たと思うし、その後休憩所に着いてそのD氏の姿をみんなが見て、勇気ををもらったと思う。D氏の覚悟がみんなん心に届いていると思う。休憩中もD氏の周りに人が集まる。いい仲間だな・・・と心の底から思った。

休憩が終わって、その後は騙し騙しゆっくりゆっくり山小屋を目指す。一体感が増したチームは本当に力強く最後まで登り切った。ようやく到着した山小屋もまたものすごくいい時間になった。

明けて二日目、ご来光を目指すもガスがかかっていて残念。それでも目的はそうじゃないチームは終始楽しそう。そして、朝食を食べて、下山開始。下山もまぁまぁキツかった。難所難所の繰り返しだし、比較的人が多くて登る人とのすれ違いが大変。その都度、ストップするから疲労がどんどん溜まっていく。当初、お昼前に下山できれば良いねって言っていたけど、大幅に時間が遅れている。

その状況でまたD氏の体が悲鳴を上げる。今度は熱中症のような症状。尋常じゃないくらいの汗をかいて、それなのに顔に血の気がない。青白くなっている。なんとか頑張って下山していたけど、ゴールの登山口まであと30分というところでさすがに止まった。その場も美しかった。みんながD氏の周りに集まって、「横になったほうが良いよ」「靴脱がすよ」「Tシャツ変えたほうが良いよ」「水飲まれ」「飴舐められ」と声をかける。若い2人はタオルをウチワ替わりにずっと仰いで風を送っている。D氏は目を閉じていたけど、全てを感じていたと思うし、感謝の気持ちでいっぱいだったと思う。当然、前の日同様、悔しさもあると思う。前日の足攣りと違って、今回は熱中症。なかなか回復しないし、ずっと横になっているしかない。

その私たちの横を通りすがる登山客の皆さんも本当に優しかった。みんな「大丈夫ですか?」「OS1ありますか?」「塩分持っていますか?」なんて声をかけてくれる。そんな中、あるご夫婦が一度、通り過ぎられてまた戻ってこられた。「熱中症ですか?私たち氷を持っているので使ってください。体を冷やしてください」と言って、凍ったペットボトルの水を2本くださった。その氷が本当に助かった。脇の下を冷やすこともできるし、少し溶けて冷たい水を飲むこともできる。本当に命の氷だった。この氷がなかったら、どうなっていたのか?と思うくらいのありがたいものだった。

神様はいる。神様は人の心の中にいる。困っているから助け合う。それはお互い様。そんなふうな心がその方の中にあったんだと思う。人間は本当に美しいし尊い。感謝。人は1人では生きていけないから助け合う。助け合う心が人間の人間たる所以かもしれない。D氏をはじめ、チームみんなが感謝を感じた瞬間だった。感謝を感じる量だけ人間は強く優しくなると私は思っているから、本当にいい時間だった。

K社社長が帰りに「福崎さんが昨日、足を攣った別のパーティーの人に薬をあげたじゃないですか?感謝は巡り巡っていくもんなんですね。」とおもむろに言った。本当にそうだと思った。見返りがあるからやる行動ではなく、恩を送る。そういった世界が人間社会にはある。

この二日間は「身体を使った体験」だったし、ここから人間というもの、人間同士の絆というものが強く、優しくなった。ロボットやAIに、人間が負けるはずない。負けようがない。いくら科学が進化したって、心を磨く体験が出来るのは人間だけだと思う。

 

名作『銀河鉄道999』で主人公の星野鉄郎が過酷な旅路の果てに言ったセリフ。永遠の命に執着する機械化人たちと触れ合い、命の「終わり」を受け入れるからこそ生まれる美しさに気づく、鉄郎の精神的な成長が詰まっているセリフ。

〜以下、鉄郎のセリフ〜

機械伯爵や、機械化人を見ていると、永遠に生きることだけが幸せじゃない。限りある命だから、人は精一杯がんばるし、思いやりや優しさがそこに生まれるんだと、そう気が付いたんです。…父さんや母さんの血が僕の体には流れている……。ぼくの血だってぼくの未来の子供に受けつがれてそのまた子供へとずっと続いてゆく……。それも永遠の命だってね!!

〜以上、鉄郎のセリフ〜

精一杯生きることで、人は人として成長していける。
そして、それを強さや優しさを繋げたり広げていくことが自分の人生を生きるということだと思う。
今回の白山登山を通して、改めて感じることが出来た。

 

 

※ことばの解説※
※1 武者修行:複数社の新入社員が合同で参加し社会人としての学びを深める、立山縦走登山を含む研修
※2 立山克己塾:※1 武者修行が始まる前から勤務している社員や中途採用の社員にも武者修行の体験をしてもらう研修
※3 社長の武者修行:※1 武者修行に参画している企業の社長達が、新入社員武者修行に向けて気持ちを確かめる登山研修