PRESIDENT BLOG

フクール
社長ブログ

ITで地域と企業を元気にする会社、株式会社フクールの福崎です。 役にたつ情報・・・・も少しはあるかもしれませんが(笑)、だいたいが他愛もない事だと思います! もし、良かったら読んでください。

株式会社フクールの社長ブログです
NEWフクール社長のひとり言

ガイド

⼾倉⼯業さんの新⼯場竣⼯式から昨⽇の横⽥記念病院百周年記念式典までの三⽇間、飲みすぎました笑。
いずれも美味しいお酒。本当に良い時間だった。
⼾倉⼯業さんは東京の会社なので、その竣⼯式と記念パーティーに知っている⼈はほとんどいない場。大銀⾏の⽀店⻑とか、大企業の常務とか、普段は会えない⽅々と共にお祝いを出来たのは⾮常に良い経験だったし、富⼭のことを話す機会も多く、楽しい時間になった。
昨今の半導体需要に対して、⽇本の“国策”として⼒を⼊れていくことは決まっているし、これが当⾯の死活問題になっていく。その産業を下⽀えされている⼾倉⼯業さんのチカラに、私たちもなっていることに、改めて⾝が引き締まる思いがした。


⼀転、横⽥さんの記念パーティーはFさんやMさんをはじめとした仲良くさせて頂いている⽅々に加えて、県知事代理や市⻑、国会議員や経済界の重鎮の⾯々が参列されていて、緊張感と安⼼感の共存した場所だった。横⽥記念病院さんの 100 年の歴史を丁寧に紹介される場⾯があり、富⼭市や富⼭県の医療において横⽥さんが担ってきた役割の⼤きさとそれに伴うご苦労と挑戦の数々にただただ敬意を表する 1 ⽇になった。
医療安全福祉という、県⺠市⺠⽣活の最重要インフラの⼀つとして存在する横⽥さんが、私たちのことを必要としてくださっていることに感謝の思いでいっぱいになった。『その向こうへ』をあらためて意識したし、より強くならなければならないと考える三⽇間だった。

なので、飲みすぎた笑。本当に飲みすぎた・・・

けど、飲みすぎたにも関わらず、ランニングをして、そのあと⽥んぼの草むしりをする朝。我ながら元気だなと思いつつ、稲刈り機を動かしている会⻑が、もっと元気そうにハタラいている姿を⾒る。“親⽗”や“リーダー”という存在が常に元気で、誰よりもハタラク姿を⾒せることが⼤切だと、私が⾃然と思っているのは、彼を⾒て育ったからかもしれない。しかも、未だに敵わないと思わせてくれる。そんな⽣き⽅をしたい。


その⽥んぼの草むしり。クサネムっていう⾖科の草は、稲と似ていて機械判別が難しく、稲刈り前に刈らないといけない。そのクサネム、⽥んぼの上から⾒ていると、めちゃめちゃ広範囲にわたって⽣えているように⾒える。だけど、近くに⾏くとたった⼀本の草だったりする。根や茎は⼀本。そこから枝が⽣えていっぱいになって⾒える。枝をいくら刈っても問題の対処にしかならない。根から抜かないと稲刈りできない。問題の解決にはならない。

論語に『君⼦は本(もと)を務む。本(もと)⽴ちて道⽣ず。』という⼀説がある。「⽴派な⼈はまず根本を⼤切にする。根本がしっかりすれば、進むべき道は⾃然と⾒えてくる。」という意味。儒教の経典「四書」の⼀つ、“⼤学“にも、「物に本末あり、事に終始あり。先後する所を知れば、則ち道に近し」とある。あらゆる物事には、根本(本)となる部分と、末端・枝葉(末)となる部分がある。そして、あらゆる事柄には、始まりと終わりがある。何を先にすべきか、何を後にすべきかをわきまえていればそれが「道」(物事のあるべき筋道、真理)に近づく⽣き⽅であるという意味。

⼈の⽣き⽅において⼤切にしたい原理原則が、昔から読み継がれている古典の中にはある。

最近、安岡正篤さんの著書『⼈物になる道』を読んでいて、メモを取っていた⼀節があった。

『我々も、⻭が痛い、眼が悪いと⾔って薬ばかり飲んでいたら⾝体が参ってしまう。それよりも全⾝の健康だ。それと同じで国家も、危険思想など拘泥(必要以上にこだわって、とらわれること)してはいかん。それよりも必要なことは正⼤なる思想だ。国⺠を奮起せしめるような⼤理想だ。

それは、⼤国でも⼀家の中でもそうだ。親⽗がつまらぬことを苦にしておった⽇には家の中は決して治まるものじゃない。主⼈公がいろいろな細かいことを苦にするものだから、⾃然いさかいが起こって来る。いろいろ憂鬱になり、陰惨になる。』

リーダー像だ。リーダーが細かいことに「ああだ、こうだ!」って気にしていたら⼤事は成せない!という意味。「こっちに⾏くんだ!」「⾏くぞ!⾏こうぜ!」で良いんだと。

先週の⼟⽇、薬師岳登⼭だった。武者修⾏⼗周年の記念登⼭。⼗年という⽉⽇に感慨深さはあったし、周りのみんなもこの節⽬を⼤切にしてくれたので、この歴史を噛み締めながら過ごすことが出来た。

ただ⼀⽅では、ものすごく冷静な私がいた。
フクールのことを真剣に考えていた。そして、そのフクールと切っても切られない武者修⾏を含めた百年⽰道塾とやまのこれからの⼗年にも想いを馳せていた。フクールと百年⽰道塾の未来をセンチメンタルな感じではなく、リアルに冷静に考えていた。
そして、考えれば考えるほど『⼈』だなと思う。主体者、いわゆるリーダーをどれだけ育めるかがこれから⼤切になってくるなと改めて考えていた。

思考が眼差しを変えることはよくある事で、そんなことをずっと考えて登⼭をしていたら、いつもお世話になっている登山ガイドのお二方がいつもと違って⾒えた。

登⼭ガイドの中にリーダー像を⾒た。

分かりやすいところで⾔うと、⾏き先を⽰す存在だということ。道を⽰す。
道を⽰すだけではなく、ダメな時は⽌まったり、撤退する決断する。決めるのもリーダーシップだ。そして仲間を応援する。勇気づける。元気がなかったり、疲れていそうな時に声をかける。ずっと細かい指⽰を出しているわけではない。本当にダメなことや⼤切なことは時に丁寧に時に厳しく話す。

彼らから学ぶことがいっぱいだと改めて感じた。

そして何より彼らを⾒て感じた⼀番⼤きな衝撃は『登⼭ガイドは、率いる皆んなを信じている』ということ。⼈間として⼀⼈⼀⼈を信じているなと感じた。
もちろん、参加者の中に⼒の強い弱いはある。けど、だからといって諦めたりしない。諦めもしないし、無闇に⼿出しもしない。

『あなた⾟そうだからやめなさい』なんて⾔わないし、『あなたのことは信じられないから、体をロープで繋ぎます』なんてことも⾔わない。
『⼤丈夫!⾏けるよ!』という絶対的な眼差しで、⼈間を信じている。
しかも、⼀番⼤切なことは、“全員を信じている”ということ。
全体とか集団ではなく、⼀⼈⼀⼈を信じているということ。

参加者のことを“好き”とか“嫌い”とか、“能⼒がある”とか“ない”とかではない。ただ信じている。ガイドさんが信じてくれるから、私たちも信じることが出来る。

リーダーのあるべき姿を彼らに⾒た。

⼀⼈の⼈間として信じ抜くリーダーシップ。⼭と⼈の間には、何もない。私たちの毎⽇の中にある、“打算”も“損得”も“嫌悪”も“過去”も“未来”も“執着”も“嫉妬”も“情念”も何もない。ただそこにいるのは⼈間そのものであり、⼀⼈⼀⼈が持っている⼈間としての⼒だけがある。そんな世界を彼らは⽣きている。

私たちは、私と他者の間にあらゆるものが纏わりついていて、絡み合っている。ブーバーの“我とそれ”になりがち。少なくとも⼀緒の船に乗っている仲間や家族は、そのまま向き合いたい。信じたい。“我と汝”でいたい。

 

地球を旅している王⼦さまは⾃分の星のバラとそっくりなバラが 5,000 本もある庭を⾒つけた。「⾃分のバラは世界に⼀つだけ」だと思っていたから、⾃分のバラも特別ではなかったのかと悲しくなる。

そんな時に、キツネと出会う。キツネは最初、王⼦さまにとっては「たくさんいるキツネの⼀匹」にすぎない。でも時間をかけて仲良くなって、絆をつくることで、お互いにとって特別な存在になること体験する。そしてキツネに促されて、もう⼀度 5,000 本のバラを⾒に⾏く。そこで初めて、「⾃分のバラが特別なのは、珍しいバラだからではなく、⾃分が時間をかけて世話をし、愛情を注いできたからだ」と気づく。

最近は、星の王⼦さまブームだから、こればっかり笑。
リーダーは 5,000 本のバラを 5,000 本のバラとして⾒ない。⼀本⼀本、特別な存在として⾒る。

どうすれば⾒られるのか?

王⼦さまが特別なバラにしたように、⽔をやり、ガラスをかぶせ、⾍を払ってあげたりするしかない。つまり愛するということ。特別だから愛するのではない。愛するから特別な存在になるんだ。リーダーは愛する仕事。愛のないリーダーはいない。