PRESIDENT BLOG

フクール
社長ブログ

ITで地域と企業を元気にする会社、株式会社フクールの福崎です。 役にたつ情報・・・・も少しはあるかもしれませんが(笑)、だいたいが他愛もない事だと思います! もし、良かったら読んでください。

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NEWフクール社長のひとり言

”今”は誰かの一所懸命の結晶

中日ドラゴンズに、工藤公康監督が就任

中日の監督に工藤公康さんが就任することになった。

人生で初めて生で観たプロ野球の試合は「巨人対中日」だった。しかもナゴヤ球場。

バックネット裏からのプロ野球がどんな試合だったかは覚えていないけど、外野席のちょっと上に電車が走っていったのが印象的だった。お気に入りな球団というわけではないけど、そんなこともあったから中日ドラゴンズは特別な思い入れがある球団の一つだ。

実際、強かった。1990年代の星野仙一監督時代や、2000年代の落合博満監督時代は優勝を何度もしていたし、魅力的な野球をしていた。すごく良い選手もいっぱいいた。今中、山本昌、立浪、福留、岩瀬、井端・・・。松井秀喜やイチロー、大谷翔平やダルビッシュみたいな派手さは持ち合わせていないけど、本当に良い選手がいっぱいいた。こうして書いていても懐かしい笑

勝てないチームが選んだ「覚悟の招聘」

そんな中日ドラゴンズ、ここ数年、成績が芳しくない。

芳しくないレベルではなく、6年連続Bクラス(6チーム中4位以下)、そのうち4年は最下位。かなりの弱小チーム。ここまで勝てないチームということは何か問題があって、その問題解決がされていないんだと思う。それは編成(球団経営)なのか、監督コーチなのか、選手のモチベーションやトレーニング方法なのか、私には分からない。分からないけど、何かを変えないと変わらないだろうなということはわかる。

そんな中で、福岡ソフトバンクホークスを率いて、7年間でリーグ優勝3回、日本一5回を達成した工藤公康監督を招聘。もちろん能力があるから招聘されたのだけど、私は驚いた。

驚いた理由は、工藤監督が「中日に選手として所属したことが無い人」だからだ。

中日は歴史と伝統のある球団だし、地元名古屋のファンをものすごく大切にする球団だから、球団のレジェンドが監督を歴任するパターンが多かった。というか、絶対にそうだったと思う。調べてみると、中日に選手として所属していない人が監督に就任するのは実に40年ぶりだという。私が物心着いたころからずっとそうだった。

今までの前例を打ち破って、プライドも何もかもをかなぐり捨てて、「勝利」を取りに行く。それくらい覚悟の招聘だと思う。来期の中日ドラゴンズが本当に楽しみ。

一流の人に共通するもの

工藤監督の言葉「努力と根性は最高の言葉」

そんな野球談は傍に置いておいても、工藤監督は大好きな人。大好きという表現ではないな、野球選手(野球人)としても人間としても本当に素晴らしい人だし、リーダーとして大尊敬の対象。

そういえば、致知に出ていたなと思って、もう一回、探して読んでみた。7000人の子どもの命を救った心臓外科医の方との対談記事で、「実行するは我にあり」という特集。その中で、こう言われている。

「努力と根性というといまは敬遠されがちですが、何がいけないのか僕には分かりません。『俺は誰よりも努力した』と思えるくらい練習に耐え抜いてこそ、マウンドの上で自信を持って投げられます。こういう姿勢に欠ける選手は、どんなに素質があってもプロでやっていくのは難しいでしょう。努力と根性は最高の言葉だと僕は思います」

私も本当にその通りだと思ったし、結果を出すことがプロとしての使命で、そのために努力することが「当たり前」だと言われていた。

一流・二流・三流の違い

また、一流、二流、三流に関しても語っておられた。

「一流の人はものの見方や考え方、実行の仕方が柔軟かつ強靭。そして、謙虚さを持ち合わせている。二流の人は一つの見方や考え方、実行の仕方しかできず、思いが弱い。三流の人は、見ない、考えない、実行しない。何事も他人のせいにし、慢心しがちで他人の言うことを聞かない」

工藤監督のこの人物眼はすごく考えさせられる。

“柔軟”は“しなやかさ”に通じるものがあると思う。良いと思ったら、前例にとらわれずにすぐに行動する。いろんな立場、役割の人の良いところを見る姿勢。そして、他者の言葉をしっかりと聞くことかなと思う。

“強靭”は意志力かな。ブレない指針、理想を持っているということ。そして、使命感だと思う。「何のためにやるのか」をしっかりと持ち、それを行動の指針にしている人だと思う。

“謙虚さ”も強さかなと。謙虚さが無い人は、本当は弱いんだと思う。そして、振る舞いのダサさに気づいていない。自分1人で生きているわけではない。野球をやれているのも、仕事ができているのも、誰かと誰かが支え合っているからできている。感謝の心があるから本当に頑張れる。謙虚であること、これは一番大切な姿勢かと思う。

村田諒太さんが語った「驕りを捨てる」ということ

そういえば、同じようなことをボクシングの村田諒太さんが語っているYouTubeを先日観た。ビジネス系のYouTube番組だったけど、一流の人物というものを考えさせられる非常に良い内容だった。そして村田さんのことが本当に大好きになった。

工藤監督もそうだけど、スポーツの道を本気で突き進んだ方の人間性、人間力は素晴らしい。学ぶことが本当にある。

「努力したから報われた」は事実の誤認

村田さんの言葉で非常に印象的だったのは、次の言葉。

「自分は努力したといっても人の3倍、4倍したわけではない。身体の構造上そんな練習はできない。けど、他の選手と比較して3倍、4倍の収入を得ている。その違いは『俺がやったんだ!』『俺はすごい!』『こんなに努力したんだ!』という驕りを一切捨てて、自らが与えられた役割を徹底的に育てた結果だ」

プロの世界にいる人間は誰しも努力しており、「努力したから報われた、俺は努力家だ」と誇るのは単なる事実の誤認であり、運や資質という要素を無視した奢りだと切り捨てていた。

「挑戦」がテーマの番組だったのに、「挑戦という言葉で、当たり前にやらなければいけないことを美談にしてしまうことは嫌い」とバッサリ笑。観ている我々がインタビュアーの顔色を伺うくらい。それくらい自信を持って語られていた。

「自分が成し遂げた」を解体していく

彼の根本には、『「自分が成し遂げた」という感覚を突き詰めて解体していくと、人間は謙虚にならざるを得ない』というものがある。

役割に乗っからせてもらっているだけ。世界チャンピオンになれたのも、自分が優れているからではなく、試合を組んでくれるプロモーターがいたからだ。放送・配信してくれるテレビ局やメディアがあったからだ。対戦相手やスパーリングパートナーがいたからだ。

引退後も新しい仕事や会社の中で楽しく生きられているのは、「周りの人が自分にできることを見つけて言ってくれたおかげ」「本当にラッキーだった」と表現している。そういった「他者と社会の仕組み」が存在し、たまたま自分がその主役という役柄に乗っからせてもらっただけだと捉えている。

才能すらも自分の手柄ではないと言っていた。「才能すら自分のものではない(天からの与えもの)」「環境も他人が作ってくれたもの」と分解していくと、純粋に「自分が誇れる手柄」などほとんど残らないことに気づいたという。

自分を取り巻く構造と事実を冷静に見た結果、驕れる要素がどこにもないという事実に到達した。「自分はすごい」という自惚れも、「努力すれば誰でも世界一になれる」という無責任な美談も排除し、「与えられた種を自覚し、置かれた場所で他者に感謝しながら役割を全うする」という、極めて誠実で地に足のついた生き方を語っていた。

観終わった後、単純にすごいな、と思った。こんなふうに考えられるようになるには、相当な鍛錬(心身とも)の日々を過ごされたんだと思う。まさに一流の人というのはこういった人のことを言うんだと思うし、自分自身の中にも大切に刻み込みたいと考えた。

目の前のことを一所懸命に

工藤監督同様、村田さんも以前、致知に登場されていたし、その記事でも同じようなことを言われていた。

自身の人生を振り返った時に「自分はこれをやりたい」「自分の仕事はこれじゃない」などの、やりたいことややりたくないことを逃げ口上にしない生き方をしてきた。つまり、目の前のことを一所懸命にやってきた結果、インターハイ優勝、全日本選手権優勝、オリンピック金メダル、世界王者というふうに繋がったんだと言われていた。

学びを学びで終わらせない、「ダサくない」生き方

さっきも書いたけど、スポーツの道を本気で突き進んだ方の人間性、人間力は素晴らしい。学ぶことが本当にある。

いや、スポーツだけではないな。料理の道でも音楽の道でも、どんな道でもその道に真剣に生きる人からは本当に学ばされる。学ばされるし、私もリーダーだ。その学びを学びに終わらせるようなことをせずに実践していかなければ・・・

高市総理が国会で「ダサい」と言って批判されているけど、ダサい生き方をしたくない。“恥”の概念同様、カッコいい生き方は「何がダサいか」を知らないといけないなと思う。

簗大臣の言動はダサいなと私も思う。遅いなと思ったけど、やはり更迭された。ただ、彼もこれを猛省して復活してくれたら、立派な国会議員になると思う。村田諒太さんも致知の中でいっぱい失敗を語られていたし、対談相手の方も「成長は不快な場所にしかない」と言っていた。

失敗や逆境が新しい未来を切り拓く原動力となる。

「今」は誰かの一所懸命の結晶

舟橋村の村議会議員選挙

そしたら、この現象は未来に何をメッセージングするんだろうか・・・舟橋村の村議会議員選挙。

定員7名に対して6名しか立候補せず、無投票当選。そして、1名欠員の状態を補選をして補充することをせず、6名で議会を運営していくそうだ。

日本一小さな村。子育て世代に優しい村。富山のベッドタウンとして県内で唯一人口が増えている村。その村での出来事。

「当然」は当然ではない

政治の世界というのは独特だから、軽々に物事を語ることはできないと思っているけど、少しだけ思うことがある。

「良い環境だからこの地域で暮らします。生きます。」と決めた人たちは、享受した利益をどういうふうに考えているのか、と思う。

もちろん、舟橋村が提供しているサービスは公共サービスなので、全ての村民が享受するのは当然の権利。なので、これを当たり前だと思うことは当然だと思う。ただ、この当然を生み出すことは当然ではなく、何かしらの努力や知恵や工夫があってのこと。また、この当然は「今」であって「未来」ではないということ。

6名の議員のうち、最年少は47歳。最年長は83歳。平均年齢63歳。もちろん、さっきも書いたけど、政治の世界は独特。この一連の状況ひとつをとって全てのように語ることはできない。実際、舟橋村で頑張っている若者もいっぱいいるし、私の知り合いも頑張っている。何より、村長がチャレンジしまくっている。

けど、「当たり前」「今だけ、自分たちだけ良ければ・・・」が日本中どこにも蔓延しているのではないかと心配になる。

大人が大人でいるということ

この“今”は誰かの一所懸命の結晶であって、それを享受するから、未来にも繋いでいきたい。というマインドが大きくなっていけば良いと思う。

議員に立候補するとかしないとかではなくてもいいけど、大人が大人でいるということはそんなことなんじゃないかと思う。

「自分が・・・・」は子供だ。

俺たちはロボットじゃねえ

大好きなロックバンド、オアシスのドキュメンタリー映画を最近観た。2009年の突然の解散から昨年の電撃復活までを追ったもの。内容は素晴らしかったし感動しまくった。詳しく書くことはできないけど、彼らが最後、聴衆に放ったメッセージが心に響いた。

バンドメンバー、スタッフ、お客様、関わる人たちみんなにサンキュー!
俺たちはロボットじゃねえ。スマホを置け!
一所懸命働け!周りの人を助けろ!
失敗したって明日良くなれば良い!
生きていこうぜ!

その通りだなと思った。

今回も、書きたいことをただ書いた。けど、今週考えたことを整理できた。

1週間、お疲れ様でした。